値打ちの太陽はとてもむず痒い太陽だったのを憶えていらっしゃる。

作者:   wp_sv_2941_36300   |   カテゴリー :   未分類

夏休みという語学にはたくさんのものがある感じがします。ついつい今回思い起こしたのは、これは不満だったなという備忘録だ。夏休みといえば楽しかったことばかりだったはずなのにこれを忘れていました。オーバーなことではないのです。それは稲刈りの後のお手伝いでした。おじいさんが田んぼでUSAを作っていましたので、初期水稲の稲刈りは丁度夏休み下でした。いとこや当社も手伝わないといけませんでした。手伝うのは「稲こぎ」と呼ばれていた作業だ。刈り取ってカサカサが終わったものを機械に送りモミにします。往年ですから、作業は田んぼで行われました。機械が置かれ、手作業で干したものを乳児は機械のそばのアダルトたちに手渡します。大きな物音がし、稲わらが舞います。これが病状なのです。襟元にクロスを思う存分引き込み、わらごみが入らないようにしていてもどうしても入って来るのです。当然かゆくなります。これが嫌だったのです。家に帰るという水を浴びていたように記憶しているのですが、こういうわらごみのちっちゃなものはしぶとくて痒いのです。たえず「稲こぎ」はゆううつでした。田植はまだ気持ち良さがありました。今回思えば、あのかゆさも思い出深いものです。手伝ったからといってお小遣いをいただけるわけでもありませんでしたが、田んぼでの連合作業には乳児ながら、かゆさの一方で気持ちよい連帯気分のようなものを感じていたのです。このサイトをチェック

2019年1月21日